life_in_technicolor's book blog

本を読んで「あー面白かった、次何読も」だけで終わらないように、思ったこと、考えたことを文章で表現しようと試みています。 解釈は私の勝手なもので、かなり稚拙なものが多いかと思いますが、読んで頂けると嬉しいです^^

『東京湾景』

東京湾景

吉田修一

 

吉田修一の恋愛小説っぽい作品を初めて読みました。

彼はやっぱり偉大です。

 

この作品に登場するシンボルを中心に、所感を述べていきます。

東京湾

 この作品に登場する男女は、東京湾を隔てた反対側に住んでいます。この東京湾という隔たりが、彼らの心の隔たりを合わせていると私は感じました。

 彼らは共に少し恋愛に対して捻くれているところがあります。過去の恋愛経験を基に、亮介と美緒が「心の奥のほうで繋がっている」恋愛など存在しないと信じているのです。

 だから、最初は二人の間に心理的な距離があります。美緒は自分の本名を明かそうとしないし、亮介は美緒が嘘をついていることを分かっていながら、真相を聞き出そうとしない。そして互いに東京湾さえ渡れば物理的にはとても近いのに、公共交通手段を使って会いに行こうと思うと相当遠回りをしなければなりません。

 するとりんかい線という、東京湾の下を通る新たな路線ができ、これに乗ると二人の間の移動時間が十分以内に短縮されます。この辺りから、美緒は亮介の部屋に入り浸るようになり、互いを恋人として意識し始めて、まるで普通のカップルのようになります。

 そして最後に、二人は互いの捻くれている部分を共有し合います。亮介は、美緒のもとへ泳いで行ったら、ずっと好きでいてくれるかととてもドラマチックに問いかけます。これが互いに対する不信感を消し去り、真に通じ合える瞬間だと思います。

 

②映画『日蝕

 作品の中で、美緒が見に行って感銘を受ける映画です。映画の中では婚約者と別れたてのモニカが、若い男性と出会い、恋に落ちます。しかし映画の最後で青年が「八時に、いつもの場所で」というのに、指定された時間に二人ともその場所には現れません。

 亮介と美緒も、作品の最後の方で同じようなシーンを演じます。しかし彼らと映画の中のカップルと異なる点は、亮介と美緒は互いに心の繋がりを確認し合えることです。

 この映画を実際に見たことがないので解釈が正しいかは分かりませんが、心が本当に通じ合う恋愛の難しさを表わしているという印象を受けました。恋愛とは、よく映画や漫画や小説で出てくるような、甘酸っぱくて美しいものではありません。本当に「心の奥のほうで繋がっている」恋愛なんて、そうそうないのです。この本も映画も、私たちが忘れがちなこの現実を突きつけている気がしました。

 

 余談ですが、本作品に出てくる青山ほたるが小説を書けなくなるのも、この現実に今まで気づいてこなかったからかもしれません。恋愛の美しい部分だけ書いていても、それが真実ではないため、壁にぶち当たってしまうのです。

 その一方で、ただの甘い恋愛小説ではなく、ちょっとシビアな現実も隠さずに綴る吉田修一は、やっぱり凄いと感じた一冊でした。